久々というか、こんなにタイトル通りだと確信した本はない。
私的には、アルトラの靴を履けば、自然と歩くのが楽しくになり歩く距離が増えて人生が変わっていく
である。
なぜなら、去年から、知人には、少しニュアンスは違うが、
アルトラの靴を履けば
人生が変わるよと伝えていたからである。
書店で見つけて、パラパラとめくって見ると最後の方に
ムムムム、
「ゼロドロップ」
「アルトラ」
の文字が書いてあるではないか。
間違いないと確信してレジに向かった。
時を戻そう。
なぜアルトラの靴を履けば人生が変わるのか。
歩くと人生が変わるのか。
1年前までは、自分の中では歩くことの重要性は
低くはないが、人生が変わるほどだと思ったことは微塵もない。
中1長男、小1次男と燕岳に1泊2日で登ったことが起点と言える。
燕岳は、10年ほど前からいつかは登りたいと思っていた山。
子供が大きくなったタイミングで一緒に登ることを決意。
長男は小4で富士山に登っている。
次男も大山、高尾山、そして、3000M級登山を体感するための木曽駒ヶ岳
登山も達成している。
長男は確信していたが、正直次男には不安がなかった訳ではない。
上りは、5時間もある。
しかし、無事男だけでの燕岳登山は成功した
雷鳥らしき鳥も見えて子供達の達成感、感動は一緒に味わえた。
燕山荘から見える槍ヶ岳の姿は、くっきり頭に残っている。
燕山荘からも槍ヶ岳には狙える。
そんなことは当時は考えていなかったが、
下山してから、自分の中で目標が槍ヶ岳登頂に向いていた。
最後の梯子は30分。
槍ヶ岳登頂のポイントは、距離が長いということ。
そこをクリアをすれば、2泊3日にすれば、
私の脚力でも登れることが見えてきた。
昨年には登っている予定だった。
しかし、鳥取大山での下山時の転倒。
これが、また大きく人生を変えていく。
最後の石畳で少し濡れて、滑りやすくなっていたのに気づかなかった。
まさに油断である。
快調にきていた登山に最後の至難。
骨に異常はなさそうだ。打撲ぐらいだと思い
その日は、ゲゲゲの鬼太郎電車に乗って
水木しげるロードまでいった。

帰りの空港が近く便利。
そこから痛みが引けば、まだ8月の槍ヶ岳はチャレンジできると
思っていた。
左足膝あたりに痛みがあったが、行けるはずだ。
塔ノ岳1000mの登りが快調であれば、
登れるはずだ。最後のテスト登山に望んだ。
登頂はなんとかできた。
しかし下山に急ブレーキ。
なんとか下りれるが、全く進まない。
ほぼ100%、後続の登山者に抜かれていった。
最後は、推定80歳の登山者にも抜かれた。
塔ノ岳の登山者は、脚力がある人が登る山とはいえ。。。。
ここで明らかに左の足に異常があるのでは
気づき始めた。
接骨院に行ってみると、左足が曲がらないことが判明。
1ヶ月通って見ても大きな改善はされない。
流石におかしい。
骨に異常があるのではとアドバイスをいただき
塔ノ岳登山から1ヶ月して、接骨院にいく。
医師は、すぐ、MRIを勧められる。
MRIの検査結果は。。。。
骨挫傷であった。左膝にヒビが入っている状態。

レントゲンでは発見できないが、
MRIでは発見できる。
名医ならではの仮説で、発見できた。
たらればだが、レントゲンだけしか撮っていなかったら
骨挫傷は発見されず、もっと足を動かして、膝を悪化させていた可能性がある。
槍ヶ岳登頂は、ここで2024年は断念した。。
結果論だが、鳥取大山での登山と転倒と骨挫傷のおかげで、私の「歩く」という人生が大きくいや激変とも言っていいだろう。変わっていく。
また、続編は明日以降で。
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